ニコンと京セラは共同で、AIを活用した認知症薬をはじめとする新薬開発を加速させる技術の開発を進めています。脳神経の病気の解明には、顕微鏡で撮影した多数の平面画像を立体的に合成する作業が不可欠でした。
従来、この作業は非常に時間と手間がかかるものでしたが、両社が開発したAI技術により、作業時間が1000分の1以下に短縮されるため、新薬や新たな治療法の開発期間を大幅に短縮できることが期待されています。
具体的には、ニコンの高性能顕微鏡に、京セラのAI技術を組み合わせています。この技術は、製薬会社や大学などの研究機関での利用を想定しており、2025年にも事業化される予定です。
この取り組みは、創薬など最先端分野におけるAI活用の広がりを示すものであり、今後、様々な分野でAIが革新的な技術を生み出すことが期待されます。今回は、AIを活用した創薬のメリットやその問題点を解説します。
創薬におけるAI活用とは
AIを活用した創薬とは、AIを活用し、新しい薬の開発を効率化する手法です。具体的には、薬の効きそうな部分の探索や薬の構造の最適化など、新薬開発の様々な段階でAIが活躍します。
従来の低分子医薬品だけでなく、抗体医薬品や核酸医薬品などの複雑な医薬品に対しても、AIは欠かせない存在となっています。
これらの医薬品では、AI単体だけでなく、分子シミュレーションや数理モデルといった様々な計算手法を組み合わせることで、より正確な予測が可能です。
創薬におけるAI活用のメリット
従来の創薬プロセスは、長期間と多大なコストを要することが一般的でしたが、AIの導入により、この状況が大きく改善されつつあります。以下では、創薬におけるAI活用がもたらすメリットについて詳しく解説していきます。
新薬の開発に繋がる
近年、原因不明の疾患に対する新薬開発が活発化する中、「創薬ターゲットの枯渇」が大きな課題として浮上しています。創薬ターゲットとは、病気の原因となる体の働きに注目し、その働きを阻害することで治療効果が期待できることです。
このターゲットを見つけることが新薬開発の第一歩となりますが、従来の研究手法では、新たな創薬ターゲットを効率的に見つけることが難しく、この枯渇が新薬開発のスピードを遅らせているのです。
一方、膨大な量の臨床情報や論文データをAIに学習させることで、従来の解析手法では見つけることができなかった新たな創薬ターゲットを発見できる可能性が高まっています。
AIによる解析では、多様なデータから複雑なパターンを抽出することが可能になり、これまで見過ごされていた分子間の相互作用や、疾患と遺伝子の関連性などを解明することができます。
そのため、全く新しい作用機序を持つ医薬品を開発し、未治療の患者様に対して新たな治療選択肢を提供できることが期待できるのです。
開発成功率の向上が期待できる
従来、新薬開発は膨大な時間と費用を要し、成功率も低いものでした。しかし、創薬AIは、医療に関する膨大なビッグデータを学習し、疾患の原因となるタンパク質や遺伝子に対して最適な候補化合物を設計することができます。
この技術を活用することで、開発成功率が大幅に向上するとの予測も示されています。創薬AIが開発成功率を向上させるメカニズムは、膨大な相互作用情報を活用し、疾患の原因物質をより正確にターゲティングできる点にあります。
そのため、無駄な試行錯誤を減らし、効率的に新薬開発を進めることが可能なのです。
時間やコストの削減ができる
従来、新薬開発は長期間と多額の費用を要しましたが、創薬AIを活用することで、候補化合物の設計精度が向上し、開発の失敗率を低減できるようになるため、新薬の開発期間を大幅に短縮し、開発コストを削減することが可能となります。
創薬AIの活用は、基礎研究段階だけでなく、臨床試験や承認申請などの後工程においても、業務の自動化や効率化に繋がります。その結果、さらなるコスト削減につながり、医療費の抑制にもつながることが期待されるでしょう。
厚生労働省によると、創薬AIの導入により、1つの新薬の開発期間を4年短縮し、業界全体の開発費を年間1.2兆円削減できるという試算が示されています。
創薬におけるAI活用の注意すべきポイント4つ
創薬におけるAIの導入は万能ではなく、以下のような注意すべき点も数多く存在します。
- 完全自動化が難しい
- 積極的なデータ活用がされてない
- 候補化合物のデータが十分ではない
- 知識を有する人材が不足している
各項目を詳しく見ていきましょう。
①完全自動化が難しい
効率的な創薬ターゲットを探索できるようになったものの、AIが提示する候補の中から、専門家が検証し、判断を加えるというプロセスは依然として欠かせません。
この現状を踏まえると、創薬プロセス全体を完全自動化するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。まず、専門家が持つ多岐にわたる知識や経験を、AIが利用できる形式で体系的にデータベース化する必要があります。
これにより、AIは単にデータを処理するだけでなく、人間の専門家のように統合的な判断や推論を行えるようになることができるでしょう。
しかし、現時点では、人間の複雑な思考プロセスを完全に模倣することは困難であり、完全自動化は容易ではありません。AIは強力なツールですが、あくまで人間の知性を補完するものであり、完全に置き換えることはできないのです。
完全自動化については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
②積極的なデータ活用がされてない
AI創薬は、患者由来の膨大な医療データや製薬企業が蓄積してきたデータなどを活用することで、新薬開発を加速させますが、データが十分に活用されていないという課題が存在します。
個人情報保護法の観点から、医療データは個人が特定できないよう匿名加工された上で、第三者へ提供されることが一般的です。
しかし、過度な匿名化はデータの質を低下させ、医療研究やAI創薬に不可欠な情報が失われるリスクがあります。この匿名化とデータの有用性とのバランスが、AI創薬における大きな課題になっているのです。
また、製薬企業が保有する創薬に関する情報は貴重な資産であり、これらのデータをオープンデータとして共有し、学術界や他の企業と共同で研究を進めるような文化がまだ十分に根付いていません。
企業文化の変革は、AI創薬の発展のために不可欠と言えるでしょう。これらの課題を克服し、AI創薬をより効果的に推進するためには、個人情報保護とデータ活用のバランスを適切に取るとともに、製薬企業が積極的にデータ共有に参画するような環境を整備していく必要があります。
③候補化合物のデータが十分ではない
AI創薬は、候補化合物の立体構造や化学構造などの情報を基に、その化合物がどのような薬理作用を示し、体内でどのように振る舞うのかを予測する技術です。
候補化合物とは、中分子やペプチド、核酸など、将来的な医薬品となる可能性を秘めた多様な化合物を指します。
製薬業界では、これらの候補化合物を「パイプライン」と呼び、基礎研究から臨床試験に至るまでの様々な段階の化合物を対象としています。
しかし、現状では、多くの候補化合物についての十分な実験データが蓄積されていません。特に、薬理活性や薬物動態など医薬品としての評価に不可欠なパラメータに関するデータは不足しているのが現状です。
このデータ不足が、AIによる高精度な予測を困難にする大きな要因となっています。AI創薬をさらに発展させるためには、データの少ない候補化合物についての実験を積極的に行い、薬理活性や薬物動態などの各種パラメータを網羅的に取得していくことが重要です。
④知識を有する人材が不足している
AI創薬においては医学や薬学、生物学、化学などの専門知識と、AIに関する知識の両方を兼ね備えた人材が求められます。製薬会社においては、前者は豊富に存在する一方で、データサイエンティストなど後者が不足しているケースは少なくありません。
データサイエンティストは、以下の2つに大別されます。
AIエンジニア | 機械学習モデルを実装する |
データアナリスト | データ収集や解析方法の選定を行う |
データアナリストの業務は、医学や薬学の知識を活かして行うことも可能なため、新規にデータサイエンティストを採用するだけでなく、社内にいる医学や薬学の専門家を対象とした以下のようなセミナーを実施し、データ分析スキルを育成するという選択肢も有効です。
既存の専門知識とAIの知識を融合させた人材を育成し、AI創薬の推進を加速させることが期待できるでしょう。
AIエンジニア育成講座
AIエンジニア育成講座はわずか2日間で、AIプログラミングの基礎をしっかりと学べる講座です。
この講座では、AIを構築するための機械学習の仕組みから、Pythonを使った実践的なプログラミング、最新のディープラーニング技術まで、幅広くカバーしています。
そのため、未経験の方でもAIの仕組みから実践的な実装まで、幅広く学ぶことができます。会場受講はもちろん、オンライン学習もあるので、時間や場所に縛られず、自分のペースで学習を進められます。
学習を通して、プログラミングの楽しさや難しさ、AIエンジニアとして活躍するために必要な知識を幅広く身につけることができるでしょう。
AIエンジニアについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
データサイエンティストセミナー
データサイエンティストセミナーは2日間で、データサイエンスの基礎をしっかり学び、ビジネスに活かせるスキルを習得できるセミナーです。
このセミナーでは、データ分析に必要な統計学の基礎知識から、Pythonを使ったプログラミング、実際のデータ分析の流れまで、体系的に学ぶことができます。
本セミナーを受講することで、データ分析初心者の方でもデータサイエンティストとして活躍できるスキルを習得できます。データ分析を通して、ビジネスに新たな価値を生み出しましょう。
データサイエンティストについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
創薬におけるAI活用で企業を成長させ続けよう!
今回は、AIを活用した創薬のメリットやその問題点を解説しました。製薬業界は、薬価抑制などの影響で、ますます厳しい状況に立たされています。
この状況を打破し、今後も成長を続けるためには、AI創薬への取り組みが不可欠です。AI創薬を実現するためには、情報科学や情報工学、データサイエンスに関する深い知識と高度なスキルを持った人材の確保が急務です。
新規に人材を採用するほか、ご紹介したセミナーを活用し、社内で育成することも有効な手段の一つです。これらの取り組みを複合的に行うことで、AI創薬を加速させ、革新的な医薬品の開発へと繋げることが期待できるでしょう。