防衛省は自衛隊の能力向上のため、AIを積極的に活用していく方針を発表しました。AIによる目標探知や情報分析は、迅速な意思決定を可能にし、戦況の優位性を確保する上で不可欠な要素となります。しかし、AIの軍事利用には、倫理的な問題もつきまといます。
国際社会では、自律型兵器の開発やAIによる誤った判断が引き起こす人道危機などの懸念が、深刻な議論を呼んでいます。防衛省は、政府のガイドラインを遵守しつつ、これらの問題に対処するための具体的な方策を検討していく必要があるでしょう。
今回は、防衛省のAI活用推進基本方針や防衛省がAIを重点活用する分野、防衛省がAIを活用する際の課題を解説します。
防衛省のAI活用推進基本方針とは
防衛省のAI活用推進基本方針は、AIをどのように活用していくかについて、防衛省が初めてまとめた具体的な計画書です。AI活用推進基本方針は、以下の3つの部分に分かれています。
- 基本方針策定の背景
- AIの活用分野と方向性
- AI活用推進に向けた取組
それぞれを詳しく見ていきましょう。
基本方針策定の背景・目的
防衛省AI活用推進基本方針の目的は、AIという最新技術を導入することで、日本の安全保障を強化し、防衛力を向上させることです。具体的には、以下の3つの目標を達成するため、この方針が策定されました。
目標 | 内容 |
防衛省内のAI活用を統一的に進める | AIに関する様々な取り組みを一貫性のあるものにする |
国民や他の組織との連携を強化する | 国民の理解を得ながら、他の国や企業、研究機関などと協力する |
AIがもたらす変化に対応する | AIの急速な発展によって変化する安全保障環境に対応する |
AIの活用分野と方向性
AIは人間の能力を補完し、様々な課題解決を支援する強力なツールです。しかし、現時点では、人間のように状況全体を把握し、何が問題なのかを自ら発見する能力は完全には備わっていません。そのため、AIを活用する際には、人間がまず具体的な課題を特定し、その課題解決にAIが役立つかどうかを検討するというプロセスが不可欠です。
また、自衛隊でのAIの活用は、後述する分野に限らず、組織が抱える様々な課題解決に貢献する可能性を秘めています。まずは、AIを活用できる可能性がある課題を見つけ出し、試行的に導入してみるという柔軟な姿勢が重要です。
AIは、あくまでも人間の判断をサポートするツールです。AIが提示した結果を鵜呑みにするのではなく、常に人間の関与を確保し、AIの出力結果を注意深く検証することが求められます。
AI活用推進に向けた取り組み
防衛省はAIを戦略的な資源として捉え、有効活用に向けた取り組みを加速させています。以下に、具体的な取り組みとその目的は以下の通りです。
取り組み | 目的 |
データの重要性の認識 | データの収集と活用を促進する |
データの標準化 | データフォーマットを統一する |
クラウド活用 | データを効率的に収集・蓄積・管理する |
データマネジメント体制の強化 | データの管理を統括する組織を設ける |
多様なAI人材の確保 | AI活用に必要な多様な人材を確保 |
AI人材の育成 | AIに関する基礎知識を習得させ、AI活用の土壌醸成 |
民間人材の活用 | 民間のAI専門家の活用で、AI活用能力を高める |
ガイドライン策定 | 国際社会との約束に基づいたAIの倫理的な利用をする |
協力関係の拡大・深化 | 研究機関との連携を深め、研究開発を加速させる |
AIの倫理的な利用 | 人道的な観点や安全保障上の必要性を考慮する |
国際協力 | 各国のAI技術に関する情報交換を行う |
先端技術との連携 | 他の先端技術との連携を図り、AIの性能向上を目指す |
生成AIの活用 | リスクを最小限に抑えながら導入を検討する |
参照:AI活用推進に向けた取組
防衛省がAIを活用する分野
防衛省では、AIを積極的に導入し、自衛隊の能力向上を目指しています。その中でも特に力を入れているのが、以下の7つの分野です。
- 目標の探知・識別
- 情報の収集・分析
- 指揮統制
- 後方支援業務
- 無人アセット
- サイバーセキュリティ
- 事務処理作業の効率化
それぞれの分野を具体的に見ていきましょう。
①目標の探知・識別
従来、赤外線センサーなどの映像から目標を識別するには、長年の経験と高度な専門知識が必要でした。特に、悪天候や夜間など視界が悪い状況下では、目標を正確に識別することが非常に困難だったのです。
しかし、AIを活用することで、これらの課題を克服することができます。AIは、大量の画像データを学習することで、人間よりもはるかに高速かつ正確に映像から目標を識別できるようになります。
海外でも事例があり、フランスのタレス社が開発した「デジタル・クルー」は、AIを活用して、艦艇の乗組員が実施している監視任務を自動化しています。このシステムは、レーダーやカメラなどのセンサーから得られる情報をリアルタイムで分析し、潜在的な脅威を検知可能です。
そのため、乗組員の負担を軽減することができ、迅速な対応ができるのです。
②情報の収集・分析
情報分析は、膨大なデータの中から有用な情報を抽出し、そこから意味のある知見を得るプロセスです。偵察衛星が撮影した画像をAIで分析することで、地上の変化を検知することができます。例えば、新しい建物の建設や軍事施設が拡張されたなど、微妙な変化を捉えることが可能です。
AIは、過去の画像データと最新の画像データを比較し、その間の変化点を自動的に検出することができます。また、異常検知技術を用いて、通常の変化と異常な変化を区別することもできます。
③指揮統制
指揮官は戦況を把握し、部隊を適切に指揮するために、膨大な量の情報を処理する必要があります。双方の位置関係や部隊の戦力、補給状況、敵の動きなど、様々な要素を考慮しながら、最適な作戦を立案し、実行することが求められます。AIは、この複雑な意思決定を支援することができるのです。
過去に実施された様々な作戦のデータやシミュレーション結果を学習することで、AIは以下のようなことができるようになります。
- 作戦計画の立案支援する
- 新たな脅威の予測する
- 常に最新の状況を把握する
④後方支援業務
AIは、装備品の管理や補給の効率化にも大きく貢献します。AIは、装備品のデータや過去の故障履歴を分析し、故障の予兆を早期に検出することができるため、故障する前に部品交換や整備を行うことで、装備の稼働率を向上させ、不意の故障によるミッション失敗を防ぐことができます。
例えば、エンジンの振動パターンや油温の変化から、故障の可能性を事前に予測し、整備スケジュールを調整することも可能です。
⑤無人アセット
無人アセットとは、無人航空機、無人潜水艇、無人車両など、陸海空の様々な無人システムのことです。無人アセットは、事前にプログラムされた経路を自動的に飛行したり、遠隔操作によって動かされたりすることが一般的です。
偵察や監視任務など、ある程度の柔軟性が求められるミッションでは、現在の無人システムでも十分な役割を果たすことができます。しかし、戦闘などの複雑で動的な状況に対応するためには、無人システムに高いレベルの自律性が求められます。
AIを活用することで、無人システムは遠隔操作の対象から、自律的に判断し行動できる存在へと進化することが期待されています。そのため、より危険な任務を人間に代わって遂行することが可能になり、軍事力の近代化に大きく貢献することが期待されているのです。
⑥サイバーセキュリティ
サイバー攻撃は巧妙化しており、従来のセキュリティ対策では対応しきれない状況となっています。AIは、膨大な量のデータをリアルタイムに分析し、異常なパターンを検出する能力に長けています。そのため、人間では気づきにくい初期段階の攻撃をいち早く察知し、迅速な対応が可能です。
例えば、AIは、ネットワークの異常な増加やマルウェアの侵入、システムの挙動の変化などを検知することができます。異常を早期に発見することで、攻撃の拡大を防ぎ、被害を最小限に抑えることができるのです。
⑦事務処理作業の効率化
従来、防衛省では膨大な量の文書作成やデータ分析など、多くの事務処理作業が発生していました。AIの導入により、様々な業務を効率化し、高度な分析を可能にすることが期待されています。
例えば、書類のデータ入力作業をAI-OCR(文字列をテキストデータに変換する技術)によって自動化することで、入力ミスを減らし、作業効率を大幅に向上させることが可能です。
また、外国語の文書をAIで翻訳することで、情報収集のスピードを向上させ、国際的な連携を円滑に進めることができます。
生成AIがもたらす業務効率化については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
防衛省がAIを活用する際の課題
防衛省がAIを積極的に導入し、その能力を最大限に引き出すためには、克服すべき課題が数多く存在します。AIの導入は、単に新しい技術を取り入れるだけでなく、組織文化や運用体制、国家の安全保障という重大な問題に直結するためです。
以下で詳しく解説しましょう。
質の良いデータセットを揃える必要がある
AIは、人間が経験して学習するように、大量のデータからパターンを学習し、判断や予測を行います。そのため、AIの性能は学習に用いるデータの質に大きく左右されます。AIが学習するデータの質が低い場合、以下のような問題が生じることがあるでしょう。
- 誤った判断をしてしまう可能性がある
- 新しいデータに対応できず、汎化性能が低下する
- 差別的な判断や結果を生み出す可能性がある
そのため、AIの性能を最大限に引き出すためには、大量かつ様々な状況や条件下での質の高いデータセットを準備する必要があるのです。
データフォーマットを標準化する必要がある
AIを陸海空の領域横断的な意思決定に活用するためには、各領域で収集された多様なデータを統合し、AIが学習できる共通の形式に揃える必要があります。現在、各領域で収集されるデータは、それぞれ異なるセンサーやシステムによって生成されており、データ形式もバラバラなため、AIがこれらのデータを直接学習することは困難です。
AIが効果的に学習し、領域横断的な判断を行うためには、異なる形式のデータを一つの共通の形式に統一し、AIが学習可能なデータセットを作成します。統一されたデータセットを用いることで、AIの学習効率が大幅に向上するのです。
AIに仕事をさせるためのノウハウを身につける
AIに期待通りの成果を出させるためには、人間が適切な指示を与える必要があります。特に、近年注目されている生成AIでは、プロンプトと言われる指示によって生成される結果が大きく左右されることが知られています。
生成AIに限らず、AIを活用する上で重要なのは、「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれる、AIに与える指示を設計するスキルです。AIの生成結果は、わずかな言葉の違いや表現のニュアンスによって、大きく変化します。そのため、意図した通りの結果を得るためには、AIの特性を理解し、適切なプロンプトを作成する必要があります。
生成AI人材に求められるスキルについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
AIに任せる仕事・任せられない仕事を使い分ける
AIに任せても良い業務と、人間が関与すべき業務を明確にすることも重要です。AIは、膨大なデータを処理し、複雑なパターンを認識する能力に優れているため、単純な反復作業やデータ分析など、人間が長時間かけて行う作業を効率化することに向いています。
しかし、AIは、人間のような柔軟な思考や判断能力、倫理観をまだ持ち合わせていません。そのため、倫理的な判断や創造性を必要とする業務、複雑なコミュニケーションなどは、人間が担うべきとされています。
AIを活用するための人材を確保する
防衛省は、自衛隊の近代化と防衛力の強化を目指し、人材確保に力を入れています。特に、IT分野においては民間企業との競合が激化しており、優秀な人材の確保が課題です。
防衛省は公務員組織であるため、給与や勤務時間など、多くの点で国家公務員法に規定されています。そのため、民間企業のように柔軟な待遇体系を構築することが難しく、人材の流動性を阻害する要因となっているのです。
防衛省のAI活用で防衛力を強化
今回は、防衛省のAI活用推進基本方針や防衛省がAIを重点活用する分野、防衛省がAIを活用する際の課題を解説しました。AIの活用には、倫理的な問題やセキュリティ上の課題など、様々な課題が伴いますが、課題を認識し、国際社会と協力しながら、AIの安全で責任ある利用を目指しています。
今後は、ますますAIが高度化し、防衛力のあり方が大きく変化することが予想されます。防衛省は、常に最新の技術を導入し、防衛力を強化していくことが求められるでしょう。