農業DX デジタル技術が農業にもたらす革新

農業界でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せています。
農業DXは、先端のテクノロジーが農業プロセスを効率化し、生産性を向上させる取り組みです。この記事では、農業DXの意義、具体的な導入事例、そして農業業界における今後の展望について探っていきます。

近年の農業が抱える課題

近年の農業が抱える課題

農業分野には様々な諸問題が存在しています。
以下に、農業分野の現状でよく取り上げられる諸問題をいくつか挙げてみます。

労働力不足

1次産業である農業は、体力が必要な肉体的な労働が比較的多く必要とされる産業であり、若年層の農業への就業意欲の低下や都市部への人口流出などにより、労働力不足が深刻化しています。
これにより、農作業の遂行が困難になり、一部の地域では農地が耕作放棄されるケースも見られます。

 

男性正規の年間労働日数別雇用者割合の推移

男性正規の年間労働日数別雇用者割合の推移
出典:総務省「就業構造基本調査」(組替集計) 引用:農林水産政策研究所

「就業構造基本調査」では、農業雇用者の労働条件に対する意向や、就業異動(転職者等)の実態も把握することができます。近年、農業の男性正規雇用者では、年間労働日数に着実な減少傾向がみられます。

気候変動への適応

近年は台風による被害、豪雨による洪水、大規模地震などの大規模な自然災害、気候変動による異常気象や気温の上昇などが、農業に大きな影響を与えています。
例えば、国内では2018年に発生した西日本豪雨では、河川の氾濫による浸水被害が広い地域で発生し、農林業に従事する業者は生産する果樹、水田(稲)、葉たばこへの土砂流入、農業用のビニールハウスやトラクターなどの農業用機械、畜産物の処理加工施設の損壊、崖崩れなどによる林地荒廃など広範囲にわたって非常に大きな被害を受けました。
これによって野菜や果物などの生産量が大幅に減少しました。農作物の生育環境は常に変化するため、適切な災害対策や環境の変化に強い新たな品種の導入が求められています。

農作物の生育環境

出典:農林水産省

持続可能性への懸念(資源制限)

水や樹木、土壌などの資源には限りがあるため、持続可能な農業の実践が重要です。
例えば、降雨不足や高温となる日が続くことで長期的な水不足により稲作が困難になる地域や年もあります。過剰な取水や土壌の劣化などが、農業生産に悪影響を及ぼす可能性があります。

農産物価格と生産者の所得

農産物は価格変動が激しく、生産者の所得安定が難しい状況です。
特に野菜は、その年の天候などによっては生産量と品質が大きく上下する可能性が高く、また保存性にも乏しいため、出荷量を一定に保つことが難しいです。そのため、卸売市場などに供給される量によって市場での価格が乱高下しやすいという特徴があります。
価格が安定しないことにより、生産者が適切な報酬を得ることができない結果につながり、農業へのモチベーションが低下する恐れもあります。
参考:農畜産業振興機構

農業の非効率性

生産者の高齢化などの影響もあり、一部の農地では生産性が低い状況が続いています。
マッキンゼーの「農業の非効率性について、日本における農業の発展、生産性改善に向けた調査報告書」によると、日本の農業は、世界で第9位の規模(生産額ベース 2013年)であり、日本の食品や日本食は、その安全性や高い質で世界的に評価を得ている一方、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉や国際競争の中で、日本の農業は生産性が低く、非効率的な状況が続いています。
また、全生産者に占める60歳以上の生産者の割合は、近年では70%を超えているという調査もあり、先端テクノロジーもあまり普及していません。農業の非効率性は食料供給や経済にも悪影響を及ぼします。

日本の農業従事者に占める60歳以上の割合の推移

日本の農業従事者に占める60歳以上の割合の推移

出典:日本における農業の発展、生産性改善に向けた調査報告書

これらの課題に対して、農業分野では様々な対策が模索されています。

  • テクノロジーの活用
  • 持続可能な農業の推進
  • 農業教育の強化
  • 政策の改革

などが挙げられます。農業の健全な発展に向けては、地域社会、政府、企業、学術機関などの連携が重要とされています。

課題に対する解決策

課題に対する解決策

労働力不足への対応策

労働力の不足に対しては、テクノロジーの導入が考えられます。AIの導入やロボティクスなどの自動化を進めることで、労働力不足を補うことができると考えられます。

また、若い労働者の獲得のための農業の魅力向上することも求められます。
「日本における農業の発展、生産性改善に向けた調査報告書」によると、自動運転トラクターや収穫ロボットを導入することで、作業の効率化と労働力の削減を実現しています。
また、農業をより持続可能で魅力的な職業として位置づけ、新しい農業ビジネスモデルの創出や農業とITの融合などが行われています。

気候変動への適応策

気候変動に強い農作物を開発するために、耐候性品種の開発が進められています。
既存の品種よりも乾燥に強い作物や高温に耐える品種の育成に取り組まれています。

また、 水不足への対策として、灌漑や貯水施設の整備などの水利施設の整備が行われています。
農業用水の効率的な利用を促進し、水不足時にも生産が続けられるようにしています。
更に、 適切な農作業の計画を立てるために、気象情報を積極的に活用する取り組みが進められています。近年ではAIや気象ビッグデータなどを使った農業向けの気象アプリや予測ツールが提供され、農作業への支援が行われています。

持続可能性への対応策(資源制約)

化学肥料や農薬の使用を減らし、自然な植物の生育を重視する有機農業の普及が進められています。有機農業は土壌や水質の保全に寄与するとともに、持続可能な農業の一つの手法とされています。

また、農産物を安定的に生産するためには大量のエネルギーが必要です。
農業施設のエネルギー源として、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの活用とそのための設備の導入が行われています。これにより、農業の環境負荷を軽減し、持続可能なエネルギー利用が進んでいます。

農産物価格と生産者の所得への対応策

農産物を中間流通業者を介さずに消費者に直接提供する取り組みが増えています。
直売所や農産物直販は生産者と消費者を直接つなぐことで、価格の安定化や生産者の所得向上に貢献することができると考えられます。皆さんがお使いの通販サイトのように、DtoC(インターネットを通して顧客に直接商品を届ける)サービスのように、生産者が著癖いつ消費者にアプローチすることで、双方にとってメリットが生まれます。

そして、農産物に付加価値を付ける取り組みも進んでいます。
加工品の製造やブランド化、地域固有の特産品の開発、野菜のレシピと一緒に1つの商品として提供するなど、農産物の付加価値を高めて市場での競争力を強化しています。

農業の非効率性への対応策

農業の効率化と生産性向上のために、農業ICT(情報通信技術)の導入が進んでいます。
センサーやドローン、AI(人工知能)などを活用して、農作業の最適化や適切な栽培管理が行われています。まさに農業DXの神髄こそ生産の効率化といったところでしょうか。

農業DXの具体的な事例

農業DXの具体的な事例

出典:農林水産省

農業DXの事例1. スマートセンシング技術

スマートセンシング技術は、センサーやネットワーク技術を活用して様々なデータを収集し、リアルタイムに情報を解析・処理する技術のことです。このスマートセンシング技術を、耕地のモニタリングや作業の効率化に活用しているのがスマート農業です。
例えば、土壌の湿度や肥料の濃度をリアルタイムでモニタリングし、適切な栽培環境を維持することができます。
また、ドローンや衛星を利用した農地の撮影により、広範囲の農地の状況を把握することができます。農林水産省は農業用ドローンの普及拡大に向けた官民協議会などを設置し、法整備などを進めています。

スマートセンシング技術

出典:農林水産省

農業DXの事例2. AIと予測分析

人工知能(AI)とデータ分析を活用することで、農作業の最適化や予測が可能になります。
過去の気象データや農作業の履歴を元に、作物の収穫時期や適切な栽培方法を予測し、生産計画を立てることができます。
また、

  • 気象や農地、収量予測など農業に役立つデータやプログラムを提供する公的なクラウドサービスである農業データ連携基盤(WAGRI)
  • オープンAPI
  • 科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクトである第2期戦略的イノベーション創造プログラムから生まれたスマートフードチェーンプラットフォームのウカビス(ukabis)

などのデータをフル活用した農業の実現に向けた取組が生まれています。

AIと予測分析

出典:WAGRI

食のサスティナビリティ

出典:ukabis

農業DXの事例3. ロボティクスと自動化

農業DXにも、自動運転やロボットなどのロボティクス技術が活用されており、こうした技術は「アグロボット」などと呼ばれています。ロボティクス技術が農業DXに活用される具体例として、自動運転トラクターや収穫ロボットなどが挙げられます。

例えば、農業用トラクターの大手メーカーのヤンマーは、イタリア・フィレンツェの丘陵地帯にあるヤンマーR&Dヨーロッパ(以下、YRE)の研究施設で、新しい農業用機械の研究開発を行っています。この研究には10社の技術パートナーが含まれ、それらのパートナーと協力して2年間で400万ユーロをかけた「SMASHプロジェクト」が実現し、作物の遠隔監視、分析、栽培管理技術からなる精密農業のバリューチェーンを開発しています。
このプロジェクトのエンジニアであるManuel Pencelli氏は以下のように述べています。

SMASHは、ロボット、基地局、ドローン、フィールドセンサーなどのさまざまなデバイスで構成され、それらが互いに連動することで農家を支援する重要な情報を提供しています。実行したい作業をSMASHにプログラムすれば、農家が他の作業をしている間に、SMASHは自律的に働き、作物を監視し、病気を検出し、治療するため、従来に比べ作業時間を大幅に節約することができます。
(引用:ヤンマー

このような取り組みから、画期的な試作機が誕生しています。

ヤンマー
出典:ヤンマー

そのほか国内では、IoTセンサーを活用した水門管理の自動化システムや、有限会社アシスト二十一が開発を行っているドローンを使ったデータ解析などのロボット技術が導入され、コスト削減と品質向上の両立と、経営規模の拡大を図っています。

農業DXの将来展望

農業DXの将来展望

農業DXは、デジタル技術の導入により農業の生産性や品質を向上させ、持続可能な農業を実現する重要な取り組みです。

スマートセンシング技術やAIテクノロジー、ロボティクスの進化により、農業DXは今後も進化を続けると予想されます。より高度で緻密なロボットによる農作業の自動化や収穫量などの予測が可能になるでしょう。農業DXの普及により、効率的で環境に配慮した農業が期待されています。
特に食糧自給率が低く、農地の利活用が不十分かつ生産者不足が深刻な現代の秘本において、先端IT技術を活用したスマート農業への期待は今後もますます大きくなっていくものと思われます。今後の農業DXの発展により、世界中の農業が新たな革新を迎えることが期待されます。

まとめ

農業DXは、デジタル技術を農業に取り入れる取り組みであり、労働力不足や気候変動、資源制約、価格変動などの課題に対応する革新的な手法です。スマートセンシング技術、AI、ロボティクスの進化により、農作業の効率化や生産性向上が実現されています。
また、持続可能な農業の推進や直接消費者とのつながりを強化する取り組みも行われています。

農業DXは、農業の未来をより持続可能で効率的にする重要な取り組みであり、地域社会、政府、企業、学術機関の連携が不可欠です。これにより、世界中の農業が新たな革新を迎え、食料生産の安定と農業の発展が期待されます。農業DXの発展を通じて、より豊かな食生活と地球環境の保全に貢献する未来が描かれています。

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