日本の観光産業は今、海外からのインバウンド観光客が急増し、観光業界全体が著しい成長カーブを描いています。この活況がもたらす経済効果は歓迎すべきものですが、同時に様々な課題も浮上してきました。
特に深刻なのが観光業界における人材不足の問題です。サービス品質を維持しながら増加する需要に応えるのは容易ではありません。こうした状況を受け、観光庁は観光DXの推進に本腰を入れています。
今回は、観光業の課題を解消する最新デジタル戦略10選と成功事例をご紹介します。
観光DXとは
観光DXとは、最新のデジタル技術を観光分野に導入することで、様々なデータの収集・分析を行い、観光産業の構造改革を推進する取り組みを指します。
観光DXの重要性は、観光地としての経営力強化、観光関連産業における生産性の向上、地域全体の魅力創出など、多角的な効果をもたらすことが期待されています。
例えば、AIチャットボットシステムやデジタル地域通貨の導入は、旅行者の体験を向上させ、より快適で便利な旅行環境を提供します。
その結果、観光客の消費活動が活発化し、地域を訪れる本質的な価値が高まることで、持続可能な観光モデルの構築に貢献し、旅行者と地域社会の双方に恩恵をもたらす重要な取り組みとなっているのです。
参照:観光DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進|観光庁
DX化については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。
観光DXが推進されている背景
観光DXの取り組みが加速している背景には、以下のような複合的な要因があります。
- 高い離職率
- デジタル化の遅れ
- 乏しい生産性
- コロナ禍における経済的影響
以下では、観光DXが推進されている具体的な背景について詳しく見ていきましょう。
高い離職率
先述したように、観光産業は日本の重要な経済基盤でありながら、深刻な人材定着の問題に直面しています。特に、観光地を支える宿泊業・飲食業分野は離職率が高いとされており、他の産業と比較しても最も高い数値となっています。
この高い離職率の背景には以下のような複数の要因が存在します。
業務の繁忙性 | 観光シーズンやイベント時には長時間労働が常態化するため |
顧客との対人関係から生じるストレス | 理不尽なクレームや難しい要望への対応が日常的に蓄積されるため |
給与水準の低さ | 労働強度と報酬のバランスが取れていないため |
これらの課題は、観光業界全体の持続可能性に関わる重要問題とされています。
デジタル化の遅れ
観光業界が直面するデジタル化の遅れは、他の産業と比較すると、かなり後れを取っている状況が明らかです。近年のスマートフォンの普及により、状況は徐々に好転しつつあるものの、予約システムや日常業務の管理プロセスは大部分が手作業で行われています。
これらのアナログな方法は時間を消費するだけでなく、ミスが発生しやすく、効率性を低下させているのです。
乏しい生産性
特に宿泊施設においては、一人のお客様にサービスを提供するために相対的に多くの人的リソースが投入されているのが現状です。
こうした状況を改善するためには、観光客を呼び込む集客から、実際に施設で対応する接客サービスに至るまでの業務フロー全体を見直し、効率化を図ることが重要です。
コロナ禍における経済的影響
2020年には118件もの宿泊業者が倒産に遭い、半数近くがコロナウイルスによる収益低下を直接の原因としていました。現在も経営を続けている事業者の多くは、この危機を乗り切るために様々な対策を講じてきましたが、その代償として債務比率の上昇という新たな課題に直面しています。
財務体質の悪化は将来的な投資余力を奪い、中長期的な競争力低下に繋がりかねません。このような状況を打開するための切り札として注目されているのが、DXの推進です。
デジタル技術を活用した業務プロセスの最適化により効率性を高め、限られた人的資源でより高い付加価値を生み出すことが観光業界の再生と持続的成長への鍵となるでしょう。
観光DXにおける最新デジタル戦略10選!
DXの波は、観光業界にも大きな変革をもたらしています。以下で、国内の観光業界におけるDX推進のための最新デジタル戦略10選をご紹介します。
①仮想ツアー
仮想ツアーとはバーチャルツアーとも呼ばれ、デジタル空間における体験を提供するものです。この技術により、利用者はインターネット環境さえあれば、実際の観光地や施設などの物理的空間をデジタル上で探索することが可能です。
このようなデジタル体験の充実は、オンラインショッピングとの連携により、バーチャルツアー中に地域特産品の紹介や即時購入が可能となり、旅行者は臨場感あふれる体験ができるとともに、地域の魅力を深く知るきっかけとなっています。
②混雑状況配信サービス
混雑状況配信システムとは、利用者に対し、その場所の人出や賑わいの度合いをリアルタイムで伝えるサービスです。利用者は、訪問予定の場所がどれほど混み合っているかを把握できるため、時間を効率的に使うことが可能です。
事前に混雑情報を入手できることで、限られた滞在時間を最大限に活用できるようになるため、個人の満足度を高めるだけでなく、観光地全体の生産性向上にも繋がると言えるでしょう。さらに、混雑状況の可視化により、観光客は自然と分散し、ピーク時の極端な人口集中を防ぐこともできます。
③観光案内所の無人化システム
多くの観光地では来訪者数の波があり、繁忙期には人手不足に悩まされる一方、閑散期には人員の余剰が生じるという課題を抱えていました。この不均衡な人材需要に対応するため、観光業者は常に採用活動や人員配置の調整に追われています。
DXを活用した観光案内所の無人化システムでは、このような人的コストの変動に左右されない安定したサービス提供を可能にします。
例えば、無人化された案内所では、AIアシスタントや多言語対応のサイネージなどが訪問者のニーズに24時間対応し、人的リソースの最適化と同時にサービスの向上も期待できます。
④非接触型チェックアウトシステム
非接触型チェックアウトシステムとは、宿泊施設の利用者がフロントデスク対応を経ることなく、滞在終了手続きを完了できる仕組みです。
そのため、宿泊者は自分の部屋内に設置された専用端末やロビーに配置された端末、個人のスマートフォンなどのデバイスを通じて、チェックアウト手続きを自分で行うことが可能です。
宿泊客は、フロントデスクの混雑状況に左右されることなく、自分の都合に合わせて施設を後にすることができるため、顧客満足度が向上します。
一方、施設運営側にとっても、フロントデスク業務の負荷軽減と人的リソースの最適化ができるため、スタッフをより価値の高いゲスト対応や施設管理業務へと配置転換することが可能です。
⑤対話型AI
対話型AIは、事前に膨大なデータを学習させ、人間からの質問に対して自動的に適切な回答を提供できます。テキストベースのチャットボット形式だけでなく、音声認識技術を組み合わせることで、観光客が声で問いかけるだけで情報を得られることも可能です。
そのため、観光客は従来のような情報検索の手間を省き、直感的かつ迅速に必要な情報にアクセスできるようになりました。限られた人的リソースでは対応が難しかった多数の観光客からの問い合わせや情報提供も、対話型AIを導入することで効率的に処理することが可能になるので、スタッフは問い合わせ対応から解放され、より付加価値の高いサービス提供に注力できるようになります。
また、従来、複数の外国語に対応するためには、それぞれの言語を習得したスタッフの確保や通訳サービスの導入が必要でした。しかし多言語対応の対話型AIを活用することで、英語や中国語、フランス語など世界各国の言語による質問に対しても適切な情報提供が可能となり、言語の異なる観光客に対してもスムーズなサービスを提供できます。
⑥オンライン接客
オンライン接客サービスは、デジタル環境を通じて顔を見ながらコミュニケーションを取ることができるシステムです。従来の接客と比較すると、運営コストを削減し、より充実したサービス体験を提供することが可能です。
具体的には、目的地での行動に迷いを感じている旅行者に対し、ビデオ通話を通じてニーズを把握し、視覚的な情報を共有しながら提案を行うことができます。そのため、旅行者は目的地でのサポートを受けることができるのです。
このようなオンライン接客は、複数の観光スポットに関する専門知識を持つスタッフが一カ所から様々な場所のユーザーをサポートできるため、専門性の高い情報提供ができます。また、多言語に対応したインバウンド観光客への対応も可能です。
⑦ロボットの導入
観光地やホテル、空港などでは、ロボットの配置によって観光客の利便性が高まっています。例えば、多言語対応機能を備えたロボットの導入により、国際的な観光客に対しても母国語による案内が可能となり、観光の質が向上しています。
さらに、宿泊施設では荷物運搬ロボットの活用が進んでおり、ホテルスタッフの身体的負担が大幅に軽減され、人的リソースをより付加価値の高いゲスト対応に振り向けることが可能になりました。
また、施設内のエリア案内や来訪者の誘導にも活用されており、混雑時の受付業務においては、ロボットによる初期対応が待ち時間の短縮やサービス品質の均一化に繋がっています。
⑧観光アプリサービス
ユーザーがスマートフォンにアプリケーションをインストールすることで、観光関連事業者は多様な情報とサービスを提供できる環境が整います。こうしたアプリサービスは、GPSを駆使してユーザーの現在地を常時把握し、パーソナライズされた情報配信を行います。
例えば、旅行者が観光スポット周辺に到着すると、そのロケーションに関する歴史的背景や見学ポイント、周辺の飲食店や小売店の情報が自動的に表示される仕組みが挙げられます。
各ユーザーの興味や行動パターンに最適化された観光体験が提供できるため、顧客満足度の大幅な向上に繋がることが期待されます。
⑨WebサイトやSNS
現代の旅行者の大多数は、インターネットを活用して旅行計画を立てています。そのため、魅力的なWebサイトの存在がなければ、どれほど素晴らしい観光資源を持っていても、潜在的な訪問者の目に留まる機会を失ってしまう可能性があるでしょう。
さらに、多言語対応機能を実装することで、国際的な観光客層にもアプローチできるようになり、インバウンド観光の促進に繋がることが期待できます。
一方、SNSは現代の口コミ文化を形成しており、情報拡散の原動力となっています。観光客が体験を共有する写真や動画、感想などの投稿は、本物の体験として他の潜在的な旅行者の関心を引きつけるため、プロモーション素材よりも高い信頼性を持ち、観光地の魅力を効果的に伝えることができます。
WebサイトとSNSは、観光地と潜在的訪問者を繋ぐ重要なチャネルであり、効果的に活用することで観光DXの成功へと導く鍵となるでしょう。
⑩データ分析
データ分析により、観光客の行動パターンや好みを深く理解することで、サービスの最適化と運営効率の向上が可能です。
例えば、特定のスポットでの滞在時間や移動経路、購入した商品やサービスなどの情報を集約することにより、観光客が求めているものや改善すべき点が明確になります。
さらに、収集したデータをAIで分析することによって、一人ひとりの観光客に合わせたパーソナライズされた旅行プランの提案も可能になるため、観光体験の質が向上し、顧客満足度の大幅な改善に繋がるでしょう。
観光DXにおける成功事例
観光DXの推進において、先行する地域の成功事例を研究することは重要です。以下で詳しく見ていきましょう。
観光マップアプリ
京都市は、インバウンド観光需要に対応するために「京都市観光マップ」アプリを開発しました。位置情報を活用した周辺観光スポット案内で、地元住民による飲食店情報や宿泊施設、季節性の高い文化的なイベント情報まで網羅しています。
また、交通面においても、市営バスや地下鉄路線の乗換案内、徒歩での最適ルート提案など、移動に関する包括的なサポートを行っています。
多言語にも対応しているため、海外からの訪問者も直感的に操作可能な設計となっており、観光客は効率的に情報を取得でき、よりスムーズで充実した京都観光を体験できるようになりました。
地域限定の電子通貨
岐阜県の高山市、飛騨市、白川村の自治体エリアでは、「さるぼぼコイン」という地域限定型の電子通貨が運用されています。さるぼぼコインは、二次元コードを活用した決済やコインをチャージする度にプレミアムポイントが付与される仕組みです。
さらに、ユーザー間でのコイン送金機能も実装や飛騨信用金庫の預金口座と連携することで、スムーズなチャージ操作が可能となり、利便性を高めています。
このシステムの加盟店舗は令和6年3月末時点で約1,964店舗にまで拡大し、累計決済金額は約104億円に達しています。このQRコード決済の仕組みを通じて、お金の地産地消を実現し、地域経済の活性化に寄与しているのです。
一元管理したデータを事業者に共有
北海道ニセコ町では、データ収集分析の構築により、観光施設の基本情報から、飲食店の予約状況などの変動する情報まで、幅広いデータを一元管理する仕組みを構築しました。
宿泊事業者だけでなく、飲食店や体験アクティビティ提供者など様々な事業者がアクセス可能にしたことで、宿泊予約情報の共有を行いました。
そのため、飲食店は食材調達の最適化やアクティビティ事業者はスタッフシフトの効率的調整ができるようになるなど、データに基づいた経営高度化が地域全体で進んでいます。
さらに、蓄積されたデータを分析することで閑散期を特定し、その時期に合わせた観光イベントを企画・発信することで、年間を通じた観光客の平準化に成功し、地域全体の観光産業の安定化と収益性向上に大きく繋がっているのです。
業務フローの自動化
日本観光振興協会が実施したプロジェクトでは、地域観光情報の仕様統一と業務フローの簡素化・自動化が実現され、情報更新の効率が向上しました。地域と観光情報を共有するためのプラットフォームを構築し、より充実した観光情報の発信が可能になっています。
さらに、全国観光情報データベースと連携し、観光商品や地域統計、宿泊情報など、幅広いデータを集約し、観光情報やマーケティングデータの可視化、集計、分析機能が提供されています。
日本各地の観光協会がこれを基盤として独自のダッシュボードやシステムを構築できるため、人流分析を活用したターゲティング広告配信など、サービスの高度化やマーケティング施策の精緻化が可能になりました。
観光DXにおける今後の注意点
観光DXの普及は国内外で着実に広がりを見せている一方で、いくつかの課題が存在します。以下で詳しく解説します。
顧客データの管理体制
多くの観光関連企業では、顧客データが未処理のまま保管されるケースが散見され、情報セキュリティ上の深刻な課題となっているのが現状です。
そのため、企業の信頼性を維持し顧客データの完全性を確保するためには、様々なセキュリティ対策の再構築が重要となっています。情報セキュリティの強化においては、以下のような技術的側面と人的側面の両面からのアプローチが求められます。
技術面 |
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人的面 |
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情報セキュリティは、顧客からの信頼獲得と持続的な事業発展を支える戦略的投資として捉え直す必要があるでしょう。
DX専門家の育成
観光DXの成功においては、業界特有の課題を理解し、最適なDXを提案できる人材が重要となっていますが、デジタル技術やビッグデータ分析のノウハウを観光分野に応用できる専門家が不足しています。
観光業界ではデータサイエンティストやAIエンジニアなどの専門家の需要が高まる一方、供給が追いついていない現状があるのです。
この状況を打開するには、以下のようなセミナーを通じて既存スタッフのスキルアップを図ることが重要です。特にデータ解析能力やAI技術の応用力を高める実践的な研修は、即戦力となる人材を生み出す鍵となるでしょう。
DX人材育成を成功させるコツについては、以下の記事で詳しくご紹介しています。
データサイエンティストセミナー
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運営元 | ProSkilll(プロスキル) |
価格(税込) | 41,800円〜 |
開催期間 | 2日間 |
受講形式 | 対面(東京・名古屋・大阪)・ライブウェビナー・eラーニング |
観光DXの推進で地域を発展させよう
今回は、観光業の課題を解消する最新デジタル戦略10選と成功事例をご紹介しました。観光DXの推進にあたっては、地域特有の課題を把握し、明確な目標を設定することが重要です。
そのためには、地域全体の協力関係と共通認識を構築し、地域の関係者間で密接なコミュニケーションを図りながら合意形成を進めていく必要があります。
観光業においては観光専門知識とデジタルスキルの両方を備えた人材が不足しているため、人材育成の整備が必須となっています。明確な目標設定と課題の正確な認識を土台として、可能な部分から着実にDXを前進させていくことが、持続的に発展し続ける観光地域の形成に向けた重要な第一歩となることでしょう。
