岸田文雄首相は、山梨県北杜市のトマト栽培施設を視察し、デジタル技術やAIを活用した「スマート農業」の推進に力を入れる考えを示しました。政府は、2025年度から5年間を「農業構造転換集中対策期間」と位置づけ、スマート農業の普及を重点施策の一つに掲げています。
スマート農業が注目されている背景には、日本の農業が抱える深刻な課題があります。後継者不足による担い手の減少や高齢化による労働力の低下、消費者の多様化するニーズへの対応など、農業を取り巻く環境は大きく変化しています。今回は、スマート農業の概要や目的、具体例、課題、自治体ができる対策を詳しく解説します。
スマート農業とは
スマート農業は、情報通信技術やロボット技術などの最先端技術を農業に導入して、従来の農業が抱えていた課題を解決し、より効率的で高品質な農業を実現する取り組みです。具体的にはセンサーで得られたデータに基づき、栽培環境を最適化したり、ロボットによる自動作業を導入したりすることで、人手不足の解消や生産性の向上を目指しています。
AIを搭載したロボット技術の種類については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
スマート農業の目的
スマート農業は、持続可能な農業を実現するための新たな取り組みとして期待されています。では、スマート農業の目的とは一体何なのでしょうか。以下で詳しく解説します。
スマート農業の目的につながる近年の農業が抱える課題については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
遠隔地からの作物管理
農作業に関するデータを一元管理し、ネットワークに接続することで、従来の農業では難しかった遠隔地からの作物管理が可能になります。例えば、カメラで農作物の生育状況をリアルタイムに確認し、そのデータを基にAIが最適な栽培方法を判断、ロボットが自動で作業を行うといった事が現実のものとなりつつあるのです。
このような情報化と自動化の進展は、人手不足が深刻化する農業現場において、労働力の負担を大幅に軽減し、効率的な生産を実現する上で大きなメリットをもたらします。
コストの削減
大規模な農場においては、人件費は経営を圧迫する大きなコスト要因の一つです。一方、小規模な農場であっても、天候に左右されることなく、常に作業が必要となるため、多種多様なコストがかかります。これらの問題を解決するため、収穫ロボットなどの技術を活用した自動化が注目されています。
これらの機械を導入することで、人手に頼っていた作業を自動化し、人件費の削減を実現することができます。完全な自動化が難しい場合でも、スマートフォンなどを通じて遠隔操作を行う半自動化という方法があります。この方法であれば、より柔軟に作業に対応でき、コスト削減効果を最大限に引き出すことが可能です。
作業効率の向上
農作物の種まきや収穫などの単純作業は、人間の貴重な労力を過度に消耗させてしまう可能性があります。複雑で柔軟な対応を必要とする作業に人が集中できるよう、このような単純作業をロボットに任せることができれば、生産性の向上に繋がると考えられます。
人間は長時間作業を行うと、体への負担から作業効率が低下してしまうという課題を抱えています。しかし、ロボットはそういった制限を受けることなく、安定した作業を継続することが可能です。スマート農業の実現により、自動化できる作業はロボットに任せ、人間は、栽培計画の立案や、作物の品質管理などの高度な判断を必要とする作業に専念することが可能になります。
これにより、人的資源を最大限に活用し、生産性の向上を図ることができるのです。
農作物の品質向上
農作物を栽培する上では、病害虫の発生などの様々なリスクがつきまといます。これらのリスクを効果的に回避し、より良い栽培方法を見つけるためには、これまで培われた経験や知識に加え、データの活用が不可欠です。
得られたデータを分析することで、過去の生育パターンや病害虫発生の傾向を把握し、将来の予測に役立てることができます。例えば、気象データと病害虫発生データの関係性を分析すれば、特定の気象条件下で特定の病害虫が発生しやすいというような、より詳細な情報を得ることが可能です。
このようなデータに基づいた分析により、最適な栽培時期や品種の選定、病害虫防除のタイミングなどを決定することができます。そのため、農作物の品質が向上し収量も安定することで、農家の収益改善に繋がることが期待されます。
技術やノウハウのデータ化
日本の農業は、深刻な人手不足と高齢化に直面しています。特に、長年の経験と勘に基づいた高度な農業技術の継承は非常に時間と手間がかかるため、大きな課題となっています。
スマート農業では、農作物に関する様々なデータを収集・分析するだけでなく、熟練農家の技術やノウハウもデータ化し、体系的に管理することが可能です。そのため、経験豊富な農家の知識や技術を、若手農家や新規就農者が効率的に学ぶことができるようになります。
スマート農業の具体例
「スマート農業」と言っても、具体的にどのような技術が使われているのか、イメージがわかない方も多いのではないでしょうか。以下で、スマート農業の具体的な事例をいくつかご紹介します。
ドローン
スマート農業において、ドローンは欠かせない存在となっています。特に、農薬や肥料の散布において、ドローンは高いポテンシャルを発揮しています。従来、人手で行っていた散布作業は、体力的にも負担が大きく、時間がかかる作業でしたが、ドローンを活用することで、大幅な時間短縮と労力軽減が期待できます。
また、ドローンの大きな特徴として、急斜面など人が立ち入ることが困難な場所でも作業できる点が挙げられます。今後も、ドローンの技術革新が進むことで、農業のさらなる効率化と省力化が期待されます。
農業ロボット
農業ロボットは農作物を収穫するだけでなく、自動走行トラクターのように力仕事を担ったり、繊細な作業をこなすなど、農業のあらゆる場面で活躍が期待されるロボットです。近年、農業における労働力不足が深刻化する中、農業ロボットは、こうした人手不足の解消に大きく貢献することが期待されています。
従来、人が行っていた重労働や反復作業をロボットに任せることで、農家の負担を軽減し、より効率的な農業を実現することが可能になります。
農作物の栽培履歴を管理
タブレット端末やクラウド技術を活用し、農作物の栽培に関するあらゆるデータを一元管理することで、農作業の効率化と高品質な農産物の生産に貢献しています。具体的には、農作物の種類や品種や植え付け時期、収穫時期などの基本的な情報から、土壌の水分量や温度、肥料の散布量といった詳細なデータまで、様々な情報をシステム上に登録することができます。
これらのデータを可視化することで、農作物の生育状況をリアルタイムで把握し、最適な栽培管理を行うことが可能になります。
モーターが内蔵されたスーツ
アシストスーツと呼ばれるモーターなどを駆使し、人間の身体機能を補助する装着型の技術です。重い荷物を持つ際や同じ姿勢を長時間続ける作業など、身体に大きな負担がかかる場面で、負担を軽減する効果が期待されています。
農業現場では、収穫物の運搬や中腰での作業など、身体的な負荷が大きい作業が数多く存在します。例えば、重いコンテナを運ぶ際に、アシストスーツが重みをサポートすることで、作業者の腰への負担を大幅に減らすことができます。
水位センサーや温度管理
スマートセンシングという技術は、ほ場の温度や湿度、照度などの環境データをセンサーで感知し、数値化することができます。データを分析することで、より精度の高い農業を実現できるでしょう。
例えば、水田の水位をリアルタイムで監視するセンサーや、ハウス栽培での温度を最適に管理するシステムなどが挙げられます。これらのデータに基づき、農作物の生育に最適な環境を構築したり、病害虫の発生を早期に予測したりすることが可能になるのです。
スマート農業の課題
スマート農業は、農業の生産性向上や労働力不足の解消に期待される技術として注目を集めていますが、普及にはまだ以下のような課題が存在します。
- 導入コストがかかる
- 通信環境が充分に整っていない
- 異なるメーカー間で規格が違う
- 一律展開が難しい
- 就業者に一定のITリテラシーが求められる
以下で、スマート農業が抱える課題を具体的に解説します。
導入コストがかかる
スマート農業の導入には、高額な初期投資がかかります。特に中小規模の農家にとっては、最新鋭の農業機械やセンサー、ソフトウェアなどを導入するための費用は、容易に捻出できるものではありません。さらに、機械のメンテナンスやソフトウェアの更新はもちろん、得られたデータを分析するための専門的な知識が必要となる場合もあります。
通信環境が充分に整っていない
通信環境が整っていない地域では、その導入が大きな課題となっています。特に離島や山岳地帯など、インフラ整備が遅れている地域では、情報通信基盤の不足がスマート農業の導入を阻む大きな壁となっています。
これらの地域は通信環境が不安定なために、データの遅延や断絶が発生し、リアルタイムなモニタリングや制御が難しくなるためです。
異なるメーカー間で規格が違う
スマート農業は発展の初期段階にあるため、異なるメーカーが開発した機器やシステム同士の互換性が低いという課題を抱えています。そのため、農業経営者は、それぞれの機器やシステムの仕様を細かく確認し、自らの農場環境に最適な組み合わせを見つける必要があり、その作業には時間と労力がかかります。
また、複数のシステムを運用するためには、専門的な知識も求められるため、中小規模の農家にとってはハードルが高いと言えるでしょう。
一律展開が難しい
農業は地域ごとの気候や土壌、作物の種類など、非常に多様な条件下で行われているため、一律のスマート農業システムを導入することが難しいという側面があります。例えば、ある地域で効果を発揮したセンサーやロボットが、別の地域ではうまく機能しないといったケースも考えられます。スマート農業に最適な農地かどうか、どのような設備が適しているかは、それぞれの農場の個別的な状況によって異なるのです。
就業者に一定のITリテラシーが求められる
スマート農業のシステムや機器は、高度なIT技術を要求するため、操作方法を習得するには一定のITリテラシーが必要です。しかし、高齢の農家にとって、新しい技術を学ぶことは容易ではありません。
そのため、スマート農業を導入しても機能を十分に活用できず、期待通りの効果が得られない可能性があります。
スマート農業を成功させるために自治体ができる対策
スマート農業が抱える課題を見てきましたが、これらの問題を解決し、スマート農業の普及を促進するためには、自治体の役割が非常に重要です。
ここでは、スマート農業を成功させるために自治体ができる対策を解説します。
補助金や助成金制度を利用する
スマート農業の導入には、高額な設備投資が必要となるケースが多く、導入を躊躇される方も多いはずです。しかし、スマート農業の普及を後押しするため、国や地方自治体では様々な補助金・助成金制度が設けられています。
農林水産省では令和6年9月現在、以下の主要な補助金事業を実施しています。
補助額 | 内容 | |
スマートグリーンハウス先駆的開拓推進 | 4,000万円以内 | 日本の農業者が、海外の新たな地域でスマート技術を活用した施設園芸事業を始める際に、事業が成功する可能性を事前に調査し支援 |
データ駆動型農業の実践・展開支援 | 審査の結果及び候補者の選定数により決定 | データに基づき栽培技術や経営を最適化し、より効率的で高品質な農業を実現するためのデータ駆動型農業の実現を支援 |
スマート農業普及のための環境整備 | 審査の結果及び候補者の選定数により決定 | 農業データの利活用を促進するため、オープンAPI整備や農業データ連携実証、そしてサービス事業体育成にかかる費用 |
スマート農業機械等導入支援 | 最大5,000万円 | スマート農業機械の導入を支援し、農業支援サービス事業の拡大を後押しする |
これらの補助金は、スマート農業に関わる様々な取り組みを対象としており、導入費用の一部を補助することで、農家の負担を軽減することを目的としています。また、一部の地方自治体では、農機具の購入に対して独自の補助金制度を設けている場合もあります。
これらの補助金制度を活用することで、より多くの農家がスマート農業を導入しやすくなることが期待されています。補助金制度の詳細については、農林水産省のホームページやお住まいの地域の農業協同組合、市町村役場などにお問い合わせください。
レンタルやリースなど農業者間で共有する
スマート農業の導入には、高額な機器の購入費用が大きな障壁となります。この課題を解決するため、近年注目されているのが、高価な機器を自己所有せずに、レンタル・リースやシェアリングといった形で活用する方法です。
農林水産省ではこのような考えに基づき、スマート農機を地域で広域にシェアリングする実証事業を実施しています。従来、近隣地区での農機シェアリングは、作業時期が重なるため、効率的な運用が難しいという課題がありましたが、場所や標高が異なる県内広域を対象とすることで、この問題を解決しました。
スマート農業の推進に貢献できる人材を育成する
スマート農業の普及を加速させるため、農業分野にとどまらず、多様な組織や人材が連携し、新たな取り組みが進められています。また、未来の農業を担う人材育成にも力を入れており、農業高校・水産高校において、スマート農林水産業に関する内容を盛り込んだ新しい高等学校指導要領が始まっています。
この指導要領では、食料の安定供給やグローバル化といった社会的な要請に対応するため、生徒たちが先端技術を活用できる能力を身につけることを目指しています。
スマート農業は日本の農業の未来を大きく変える
今回は、スマート農業の概要や目的、具体例、課題、自治体ができる対策を詳しく解説しました。スマート農業は、日本の農業の未来を大きく変える可能性を秘めた革新的な取り組みです。しかし、まだ始まったばかりの技術であり、解決すべき課題も数多く存在します。
一方で、AIやIoTなどの技術革新は日進月歩であり、農業の現場に新たな可能性をもたらし続けています。今後、どのような技術が日本の農業を変えていくのか自治体として、地域特性に合ったスマート農業のあり方をどのように推進していくべきなのか、深く考察していく必要があるでしょう。