金融庁は、2024年度からAIの機械学習を用いて、金融機関が提出する膨大な開示資料や非公開情報を分析します。これにより、中小金融機関の財務状況やリスク管理の状況をこれまで以上に詳細に把握し、問題の兆候を早期に検知することを可能にします。この新たな監視体制は、金融システム全体の安定に貢献することが期待されます。
今回は、AI活用が金融業界にもたらすメリットやAIを活用した金融機関の取り組み、AI活用の課題を解説します。
金融業界でのAI活用とは
AIは金融サービス組織が抱えるさまざまな課題に対する解決策として、幅広く応用されています。データ分析や予測、投資管理、リスク管理、不正行為の検知、顧客サービスで従来の手作業に比べ、効率性や正確性、スピードに優れているためです。
AIはリアルタイムの市場データを解析し、的確な投資判断を下すことで、金融機関の収益向上に繋げています。また、膨大な取引データを分析することで、不正行為やマネーロンダリングなどのリスクを早期に検知し、金融システムの安定化にも貢献しているのです。
AIは金融機関の業務プロセスそのものを革新します。銀行業務のルーティンワークの自動化や金融市場の可視化、パーソナライズされた顧客対応など、金融機関のあり方を根本から変革しつつあるのです。AIを活用した金融サービスは顧客体験を向上させ、新たなビジネスモデルを生み出す可能性を秘めています。
すでに多くの金融機関が、顧客情報や取引履歴、市場データなど、様々な種類のデータを活用した以下のようなAI導入を進めています。
統計分析
AIは口座残高や格付情報、財務諸表といった数値データから、人間では見つけることのできない複雑なパターンを抽出します。そのため、金融市場の動きをより正確に予測し、リスク管理や投資戦略の最適化に貢献しています。
画像認識
金融機関では画像認識技術を活用し、顧客の表情分析によるよりパーソナライズされたサービスの提供や建物写真に基づいた不動産評価の精度向上を実現しています。また、衛星画像を用いて、自然災害リスクの評価や新たな店舗展開のための最適な立地選定も行われています。
音声認識
音声認識は音声データをテキストデータに変換し、その内容や特徴を分析する技術です。例えば、音声の抑揚から話者の感情を推測したり、背景音から状況を判断したりすることができます。
この技術は電話応対や会議記録、機械の異常検知など、多岐にわたる分野で応用されています。
自然言語処理
自然言語処理は金融機関において、膨大な量のテキストデータを解析し、そこから有益な情報を抽出する上で不可欠な技術となっています。 メールや日報、会議録などの日常的に生成されるテキストデータから、大量の金融ニュース記事を分析し、市場トレンドを予測したり、リスク要因を特定したりすることも可能です。
最適化
金融分野ではAIが様々なデータを活用し、ルールや制約を踏まえて最適解を導き出すことで、業務の効率化を図っています。例えば、配送計画の効率化やシフトスケジュール、リスクを抑えながら収益を最大化する資産ポートフォリオの最適化など、多岐にわたる業務にAIが応用されています。
AI活用が金融業界にもたらすメリット
AI技術の目覚ましい進歩は金融業界を大きく変えつつあり、顧客へのサービス提供において、以下のような変化をもたらしています。
- 審査の精度を高める
- 顧客価値を高める
- 売上向上につながる
- セキュリティが強化できる
- 市場動向が予測できる
以下で、金融業界におけるAI活用のメリットを詳しくご紹介します。
審査の精度を高める
従来、金融機関の融資審査は、数多くの手続きを要するため、申請者にとって長い待ち時間を生み出す要因となっていました。しかし、AIの導入で決算書などの従来の審査資料に加え、銀行が保有する詳細な取引履歴を分析することで、迅速かつ精度の高い融資可否判定を可能にしました。
そのため、融資審査プロセス全体の効率化が実現され、顧客への融資条件提示までの時間が大幅に短縮されています。
顧客価値を高める
金融業界は顧客の選択肢が増える中で、他社との差別化がますます難しくなってきています。そのため、顧客に選ばれ続けるためには、従来のサービスにとらわれず、顧客の期待を上回る新たな価値を提供していくことが求められます。
顧客価値を高めるためには、顧客の満足度を高め、長期的な関係を築くための新たな顧客ロイヤリティの構築が重要です。また、日常的な金融取引を自動化し、顧客がより自由に時間を使うことができるような自律的な金融運用の実現も重要です。
売上向上につながる
日本銀行のマイナス金利政策導入以降、厳しい経営環境に置かれている銀行業界において、収益改善は差し迫った課題となっています。経費削減は重要な手段の一つですが、同時に業務効率化も推進することで、より効果的な収益改善が期待できるでしょう。
AIの導入は、この両側面からのアプローチを可能にします。例えば、問い合わせ対応業務では、AIチャットボットを活用することで、従業員が対応する頻度を減らし、より付加価値の高い業務に集中できるようになります。
また、窓口業務の一部をAIに任せることで、従業員の負担を軽減し、人手不足の時間帯でも安定したサービス提供が可能となります。AIによる業務効率化は、顧客満足度の向上に繋がるのはもちろん、銀行全体の収益増加も期待されています。
セキュリティが強化できる
金融機関では近年巧妙化するサイバー攻撃に晒されており、対策が求められています。従来、不正アクセス検出は人の目による監視が中心でしたが、AIの導入により、膨大なデータをリアルタイムに分析し、異常な行動パターンを自動的に検出できるようになりました。
AIは人間が気づきにくい微妙な変化やパターンを捉える能力に優れており、人的ミスによる見落としを防ぐ高精度なリスク管理が期待できます。さらに、過去のデータを学習し、新たな脅威に対応するためのモデルを構築可能です。
AIは常に学習し、最新の脅威にも対応できるよう自らを強化する学習能力があるため、従来のセキュリティ対策と一線を画す存在と言えるでしょう。
市場動向が予測できる
AIは蓄積された膨大なデータを分析し、未来の顧客行動を予測する能力に長けています。その能力を活用することで、顧客がどのような商品やサービスを必要としているのかを事前に把握し、きめ細やかなプロモーション戦略を立案することが可能になります。
金融業界では、AIによる予測分析が新たなイノベーションの創出に大きく貢献しています。例えば、顧客の属性や行動履歴などのデータを分析することで、顧客一人ひとりに最適な商品を提案するパーソナライズ化されたサービスを実現できます。
また、金融商品の価格変動や市場トレンドなどの外部データと組み合わせることで、類似の株価動向を持つ企業をグループ化し、グループに特化した金融サービスを提供することも可能です。
AIを活用した金融機関の取り組みを紹介
従来、人手で行われていた複雑な業務をAIが代替することで、金融機関はより高度なサービスを提供できるようになりました。以下では、AIがどのように金融機関の業務プロセスを改新し、顧客体験を向上させているのかをご紹介します。
MUFG
MUFG(三菱UFJ銀行)は、マイクロソフト社の「Azure OpenAI Service」を活用し、業務効率化を図るための新たな取り組みを開始しました。具体的には文書検索や企画書作成、顧客対応などの業務において、生成AIがどのように活用できるのかを検証しています。
MUFGは検証結果を基に、グループ全体で共通化できるAI活用基盤を構築し、業務のデジタル化を推進していくようです。
みずほ銀行
みずほ銀行もMUFG同様、業務革新の一環として「Azure OpenAI Service」の導入を決定しました。稟議書や契約書などの文書作成の効率化、社員からの多様な質問に対する迅速な回答、金融関連データの高度な分析などに活用しています。
また、富士通との共同研究では「ChatGPT」を導入し、システム開発の品質向上に取り組んでいます。AIが設計書を精査し、誤りや漏れを自動的に検出することで、人為的なミスを減らし、システムの信頼性を高めています。
大和証券
大和証券は「ChatGPT」をいち早く導入し、全社員約9,000人の業務効率化を目指しています。ChatGPTをAzure OpenAI Service上で稼働させることで、高いセキュリティを確保しつつ、情報収集や資料作成など、多岐にわたる業務でChatGPTを活用できる環境を整えました。
東京海上日動
東京海上日動はAzure OpenAI Serviceを基盤として、保険代理店からの様々な問い合わせに対応できる対話型AIを開発しました。開発されたAIは、保険に関する専門知識を備え、代理店からの質問に対して的確かつ迅速に回答することが可能です。
また、東京海上日動は、資料作成や情報検索、議事録・レポートの作成など日々の業務をサポートする生成AIを導入しています。
セゾンカード
セゾンカードは、生成AIを活用したAIアシスタントサービス「SAISON ASSIST」を導入しました。このサービスは、Azure OpenAI Serviceの言語処理能力を活用し、従業員の様々な業務をサポートしています。
また、社内情報へのアクセスを円滑にするため、社内情報回答チャットボット「アシストくん」を導入し、業務効率化を図っています。
金融業界におけるAI活用の課題
AIは金融業界の変革を加速させていますが、その導入には光と影があります。業務効率化や顧客満足度向上といったメリットがある一方で、以下のような課題も存在します。
顧客のプライバシーの確保
金融業界において、個人情報や機密情報の漏洩は深刻な問題です。AIは、膨大な顧客データや取引情報を学習するため、一度情報が漏洩すると、金融機関への信頼が大きく損なわれ、顧客離れや法的責任に繋がるリスクが高まります。
AIが保有する大量のデータは、ハッカーにとって格好の標的となるため、高度なセキュリティ対策が不可欠です。また、内部不正を防ぐため、従業員のセキュリティ意識向上の教育や情報漏洩に関する内部通報制度の確立などの対策を実施することで、セキュリティを強化しつつ情報漏洩のリスクを最小限に抑えることができるでしょう。
誤った判断への対策
AIは過去のデータから学習し、未来を予測する能力に優れていますが、データに偏りや予測モデルに誤りがある場合、誤った判断を下すことがあります。特に、金融業界においては、AIの誤った判断が巨額の損失に繋がる可能性も否定できません。
例えば、与信審査ではAIが顧客の属性や過去の取引履歴を正確に評価できず、信用度の低い顧客に誤って融資してしまうケースも考えられます。AIの活用には、常にリスクが伴うことを認識し、人間による適切な監視と判断が不可欠なのです。
AI人材の確保
AIの開発には機械学習や深層学習などの高度な技術スキルに加え、大量のデータを分析し、意味のある情報を抽出する能力が求められます。しかし、このようなスキルを持つ人材は、世界的に見ても不足しており、特に日本では深刻な状況です。
生成AI人材に求められるスキルについては、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
AI人材の不足は開発遅延や品質低下、セキュリティリスクの増大など、さまざまな問題を引き起こします。また、AIに関するノウハウが社内に蓄積されず、AI人材の流出によって企業の競争力が低下するリスクも高まるでしょう。
AI人材の不足を解消するためには、優秀な人材の採用を促進するだけでなく、社内におけるAI教育研修の充実も重要です。以下で、AI人材を育成するおすすめのセミナーをご紹介します。
DX社内研修の重要性と進め方については、以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
生成AIセミナー
AI研究所の生成AIセミナーは、基礎的な内容から高度な技術を学びたい応用的な内容までを学べるセミナーです。実際の業務で役立つような課題を基にトレーニングするため、受講後は業務で生成AIを活用できるでしょう。
生成AIセミナーは未経験でも2日間で生成AIについて理解することができ、会場受講のほか、オンラインでも受講できるので、どこでも学べるセミナーとなっています。
AIチャットボット入門セミナー
AI研究所が提供するAIチャットボット入門セミナーは、AIチャットボットの基礎知識から、実際の開発や活用までを1日で学ぶことができる貴重なセミナーです。カリキュラムは基礎と応用に分かれており、以下のことが学べます。
基礎 | 応用 |
チャットボットの基礎知識 | FAQに対応したAIチャットボットの作成 |
チャットボットと機械学習 | LINEを利用した自動応答システムの作成 |
日常会話ができるAIチャットボットの作成 | 予約システム用チャットボットの作成 |
AIチャットボット入門セミナーは、e-ラーニングで受講できるため、いつでもどこでも学べるのが特徴です。セミナーは全10チャプターに分かれており、約5時間で全て視聴できる上に、視聴回数の制限がありません。そのため、購入後は365日間何回でも視聴可能です。
AIの活用で金融サービスの成長を促進する
今回は、AI活用が金融業界にもたらすメリットやAIを活用した金融機関の取り組み、AI活用の課題を解説しました。金融業界において、顧客からの問い合わせ対応を自動化するチャットボットやサイバー攻撃からシステムを守るためのAI監視システムは、すでに業務の効率化に貢献しています。
AIの導入で単純作業やルーティンワークが自動化され、人的ミスが減少するなど、業務効率の向上が見込まれます。しかし、AIに仕事が奪われると懸念する方もいるでしょう。
しかし、AIは人間の仕事を奪うのではなく、人間がより付加価値の高い業務に集中できるよう、サポートする役割であると考えられます。AIが担うのは、データ分析やパターン認識といった定量的な作業であり、人間は、顧客とのコミュニケーションや複雑な問題解決といった定性的な業務に注力することができます。
AIと人間の協働により金融サービスの成長を促進し、顧客満足度向上につなげることが期待されます。