NTTデータは2024年6月、企業向けの新たな生成AIサービスを11月以降に開始すると発表しました。新たな生成AIサービスでは、NTTデータが独自開発した軽量のLLM「tsuzumi(つづみ)」を、米マイクロソフトのクラウド「Azure」上で提供します。
これにより、企業はクラウド経由でtsuzumiを利用可能となり、システム構築などの負担なく、手軽に高性能なLLMを導入することができます。NTTデータとマイクロソフトの強みを活かしており、NTTデータのLLM開発技術とマイクロソフトのクラウドサービス基盤を組み合わせることで、企業のニーズに合致した高品質なサービスを提供するようです。
また、NTTコミュニケーションズでもtsuzumiを導入したコンタクトセンターを開発すると明らかになりました。今回は、NTTが開発した生成AI「tsuzumi」の概要や特徴、活用事例を解説します。
NTTの生成AI「tsuzumi」とは
「tsuzumi」は、NTTが開発・提供する日本語に特化した生成AIです。2024年3月に商用サービスが開始され、日本語処理能力と柔軟なカスタマイズ性を備えている点が特徴です。
これまで、NTTの生成AIを利用するにはユーザー側で実行環境を準備する必要がありました。しかし、今回Azure上でNTTの生成AIが提供されることで、ユーザーは実行環境の準備や設定を行うことなく、即座に生成AIを利用開始することができ、初期投資や運用コストを削減することができます。
NTTの生成AIの名前の由来
NTTの島田社長は、tsuzumiは日本語で「鼓」から来ているとしています。鼓は小さいながらも手で打つ奏法と「調べ」と呼ばれる紐を締めたり緩めたりすることで、自由に操作することで、さまざまな音や音程を出すことができます。また、鼓は見た目や演奏時の所作も美しく、能や歌舞伎などの伝統芸能においても重要な役割を果たす楽器です。
NTTの生成AI「tsuzumi」は、軽量で扱いやすいという特徴を持ちながら、日本語処理において世界トップクラスの性能を持ちます。島田社長はtsuzumiが楽器のように自由に操り、美しい音色を奏でるようなLLMであることを願って、この名前を選んだようです。
NTTの生成AIの種類
NTTの生成AIにはいくつかの種類があり、それぞれに特徴があります。従来、NTTの生成AIは、6億パラメータの超軽量版(超小型版)と70億パラメータの軽量版(小型版)のみでしたが、2024年11月より、クラウド上で動作する130億パラメータの中型版が提供されます。
超軽量版(超小型版) | 軽量版(小型版) | 中型版 | |
パラメータサイズ | 6億パラメータ | 70億パラメータ | 130億パラメータ |
実行環境 | CPU | GPU | GPU |
タスク | 準汎用タスク | 汎用タスク | 汎用タスク |
対応言語 | 日本語のみ | 日本語・英語 他21言語 プログラミング言語 | 日本語・英語 他21言語 プログラミング言語 |
言語精度 | 日本語トップクラス | 日本語トップクラス | 多言語トップクラス |
NTTの生成AIのソリューション
NTTの生成AIは、3つのソリューションを提供しており、企業の変革を推進しており、顧客体験(CX)の向上、社内業務(EX)の効率化、IT運用の自動化という3つの柱を軸に設計されています。以下で詳しく解説します。
顧客体験(CX)ソリューション
CXソリューションは、コンタクトセンターと店舗の垣根を超え、顧客とのコミュニケーションを効率化させるためのソリューションです。NTTの生成AIの日本語処理能力と自然な会話力を融合することで、顧客一人ひとりに寄り添ったきめ細やかな対応を実現します。
社内業務(EX)ソリューション
EXソリューションは、各業界や業務に特化したソリューションです。NTTの生成AIの日本語処理能力と業界特化LLMを組み合わせることで、製造業や金融、サービス、自治体など、さまざまな業界の業務プロセスを効率化し、生産性を向上させます。
IT運用サポートソリューション
IT運用サポートソリューションは、NTTの生成AIの力で、IT運用の自動化と簡易化を実現し、人材不足の課題を解決します。従来は、手作業で行われていたセキュリティ対応などの作業を自動化し、IT担当者はより付加価値の高い業務に集中できるようになるでしょう。
NTTの生成AIの特徴
NTTの生成AIには、以下のような特徴があります。
- パラメータが軽量である
- 柔軟なチューニングができる
- 日本語性能が高い
- 機密情報が扱える
- マルチモーダルに対応している
それぞれの生成AIの特徴を詳しく見ていきましょう。
パラメータが軽量である
先述したように、NTTの生成AI「tsuzumi」は従来のLLMと比べて、パラメータが6億〜と軽量です。一般的にLLMはパラメータ数が多いほど、複雑な言語構造を理解し、高度なタスクを実行します。
そのため、ChatGPTの登場以降のモデルは以下のようにパラメータサイズが増大している傾向にあります。
モデル | パラメータサイズ |
ChatGPT「GPT-1」 | 1億1700万 |
ChatGPT「GPT-2」 | 15億 |
ChatGPT「GPT-3」 | 1750億 |
しかし、パラメータサイズが大きいモデルは、学習に多くの時間と計算リソースを必要とし、運用コストも高くなりがちです。一方、パラメータが軽量であれば、大規模なハードウェアや計算リソースを必要とせず、導入や運用にかかるコストも大幅に削減できます。
NTTの生成AIのパラメータは6億〜130億なので、近年のモデルと比べると軽量です。また、NTTの生成AIは処理速度が速く消費電力も低いため、軽量パラメータでありながら高性能を実現しています。
柔軟なチューニングができる
通常、LLMに新しい知識を追加学習させる場合、膨大なパラメータ全てを再学習する必要があり、莫大な計算コストと長い学習時間が課題でした。しかし、NTTの生成AIは、アダプタと呼ばれる技術により、効率的に学習させることができます。
アダプタはモデル全体を再学習することなく、必要な機能のみを追加できる仕組みです。そのため、従来のLLMチューニングに比べて大幅に計算コストを削減し、短時間で複数の対象に応じたチューニングをすることができます。
日本語性能が高い
NTTは40年以上にわたり、日本語の自然言語処理研究を行なってきました。研究の蓄積と卓越した研究力で、AI分野において世界トップレベルの地位を確立しており、2022年には日本語性能国内1位の実績を誇っています。
そのため、NTTの生成AIの日本語処理性能は、NTT研究所が培ってきた豊富な知見と技術を活かし、軽量なパラメータサイズながら、他のモデルと比較しても高い精度を実現しています。ちなみに、生成AI向けのベンチマークである「Rakuda」では、NTTの生成AIがGPT-3.5をはじめとする従来のモデルを圧倒的に上回る結果を叩き出しました。
ChatGPTについては以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
機密情報が扱える
NTTの生成AIは、以下の利用環境から選ぶことができます。
- 自社の事務所等でデータを所有・保管する「オンプレミス環境」
- NTTグループのデータセンター「プライベートクラウド」
- ハイパースケーラーの「パブリッククラウド」
ソフトウェアやハードウェア、サーバなどの情報システムを、自社が所有・管理し、自社の施設内に設置するオンプレミス環境で利用できます。オンプレミス環境とは、企業内のデータをインターネットを介することなく、NTTグループのプライベートクラウドに学習させることができるため、データを社外に出すことなく、安全に機密情報や機微情報を取り扱うことが可能です。
物理的なアクセスを厳重に管理でき、機密情報の漏洩リスクを大幅に低減することができます。
生成AIのリスクについては以下の記事でも詳しくご紹介しています。ぜひ参考にしてください。
マルチモーダルに対応している
マルチモーダルとは、テキスト、音声、画像、動画、センサー情報など、異なる形式の情報を収集し、特徴を統合して処理を行うシステムです。NTTの生成AIは、従来の言語処理能力に加え、視覚情報も理解することが可能になります。
例えば、請求書やマニュアルなどの画像付き文書を検索し、スクリーニングする業務や、ホームページに掲載されている商品説明や料金プラン説明をAIで比較評価する場合など、ビジネス上の多くの場面で活用することが可能になるのです。
NTTの生成AIの活用事例
NTTの生成AIは、すでに様々な国内の企業でテスト導入されています。以下でNTTの生成AIの活用事例の一部をご紹介します。
事故対応の顧客対応
東京海上日動火災保険株式会社は、事故対応部門においてNTTの生成AIを活用したトライアルを実施しています。従来は、全国に1万人のオペレーターが所属しており、顧客から事故やケガの状況を電話でヒアリングした後、必要な情報を整理してシステムに入力する作業を行っていました。
しかし、専門用語が多く、内容が複雑な通話も多く存在し、従来のAIでは正確な情報抽出が困難でした。その結果、年間80万時間もの膨大な時間が事務作業に費やされていたのです。
NTTの生成AIの導入により、オペレーターが通話後に必要な情報整理とシステム入力にかかる時間を50%削減できる見込みです。
電子カルテの情報を分析・活用
日本では電子カルテの導入が進んできているものの、カルテの書き方は病院や医師によって異なるため、データを収集しても分析や活用が困難な状況でした。しかし、NTTの生成AIの導入により、膨大な電子カルテデータから、患者の病態や治療経過を詳細に分析することが可能です。
そのため、患者一人ひとりに最適な治療法や治療効果の予測、新たな治療法の開発にも繋げられるとされています。また、生成AIは医薬品の効果や副作用に関する情報も分析できます。
従来は多くの時間と費用が必要だった医薬品の開発もNTTの生成AIの活用により、副作用の早期発見などが可能となることが期待されています。
顧客データに基づいた店舗対応
富士薬品は、NTTの生成AIとデジタルヒューマンを活用した次世代店舗対応の実証実験を自社イベントにて行いました。この実験では、顧客データに基づいた商品提案や自然なコミュニケーションを実現し、顧客満足度の向上を目指しました。
従来の店舗対応では、顧客一人ひとりのニーズを把握することが難しかったのですが、NTTの生成AIを導入したことにより、顧客の購入履歴や嗜好データに基づき、最適な商品を提案することが可能になりました。
高性能で柔軟なNTTの生成AIに期待!
今回は、NTTが開発した生成AI「tsuzumi」の概要や特徴、活用事例を解説しました。NTTの生成AIには、以下のような特徴があります。
- パラメータが軽量である
- 柔軟なチューニングができる
- 日本語性能が高い
- 機密情報が扱える
- マルチモーダルに対応している
2024年11月より、マイクロソフト社のクラウドサービス「Azure」上でNTTの生成AIが提供されることで、より迅速にサービスを利用することができ、様々な分野で革新的な成果を生み出すことが期待されています。今後は、グローバル展開にも重点を置いていき、世界中の組織で最も信頼されるクラウドサービスとして、NTTの生成AIの力が活用できるように努めて行くとのことです。